コラム
経験豊富な人ほど迷う時代――50代社員支援の新しい視点
2025年11月07日
横山美弥子
近年、50代社員のキャリア不安が顕在化しています。組織内では豊富な経験を持つ中核層である一方、定年延長や再雇用制度の見直し、ポストの減少などにより「この先、自分はどうなるのか」と不安を抱く声が少なくありません。長年の勤続が安心を保証していた時代は終わり、今や誰もがキャリアの再設計を迫られています。
長く働いてきたからこそ、これからが不安になる
課題の根底には三つの要因が見られます。
- 第一に、組織内での役割縮小です。管理職のポストは限られ、若手にチャンスを譲る流れの中で、自分の存在意義を見失う人が増えています。
- 第二に、スキルの陳腐化です。デジタル化や新しい働き方への対応が求められる一方で、学び直しの機会を得にくい現実があります。
- 第三に、心理的な孤立です。セカンドキャリアを模索する同じ立場の同期や同僚であっても、なかなか相談しにくい年金や私的な事情も絡んできます。そうなると相談できる相手が限定的だったり少なくなったりすることで、不安が増幅します。
こうした状況に対し、単に「再教育の場を提供する」だけでは十分ではありません。50代社員が抱える不安は、能力不足ではなく「役割喪失」と「自己価値の揺らぎ」に根ざしています。人事担当者に求められるのは、まず本人が何を大切にし、どんな形で組織に貢献したいのかを共に考える姿勢と機会を提供することです。キャリア面談や研修の機会を通じ、「評価の延長」ではなく「未来の共創」と捉え直すことで、本人の意欲を引き出すことができます。
加えて、学び直しを「再生」ではなく「進化」と位置づける支援が重要です。例えば、社内講師やメンターとして経験を次世代に伝える機会を設けることは、自己効力感を高める有効な手立てになります。また、外部研修や社外プロジェクトへの参加を促すことで、組織外の視点から自分の強みを再発見するきっかけにもなります。
50代社員のキャリア不安は、個人の問題ではなく組織の課題です。彼らの安心と成長を支える環境づくりは、若手にとっても「長く働き続けられる会社」という信頼につながります。経験と知恵を持つベテラン層が再び輝けるよう、人事が“人生後半の伴走者”としての役割を果たすことが、これからの企業の競争力を支える鍵となるでしょう。
“楽しい学び”が心を動かす――50代キャリア研修の成功ポイント
では、実際にどのような研修が50代社員のキャリア不安に応えられるのでしょうか。
よくあるのは以下のような三段階のプログラムです。
【第1段階:自己理解と棚卸し】
これまでの経験や成果を振り返り、自分の強み・価値観・モチベーションの源泉を言語化するステップです。過去を見つめ直すことは、喪失感の中にある“誇り”を再発見するきっかけになります。
【第2段階:社会と仕事の変化理解】
デジタル化、リスキリング、副業解禁など、働く環境の変化を学び、今後求められる役割を考えます。ここでは自分の経験を別の形で活かす可能性(社内講師、地域連携、プロジェクト支援など)を知ることで、未来への視野が広がります。
【第3段階:行動設計と宣言】
今後1〜3年を見据えて、自らのキャリア目標と行動計画を立てます。個人ワークとグループシェアを組み合わせ、仲間との対話を通じて「やってみよう」という前向きなエネルギーを引き出します。研修後に上司や人事と定期的にフォロー面談を行うことで、学びを実践に結びつけることができます。
“楽しい”からこそ前向きな学びが生まれる
私は、前向きで温かみのある“楽しい”研修提案として、ワークや対話を交えた構成にしています。
内容は実務的でありながら、笑いや気づきが生まれるデザインです。50代社員のキャリア支援を考えるうえで大切なのは、「学ばせる」よりも「楽しみながら気づく」場づくりです。真面目なテーマだからこそ、少し遊び心を加えることで心がほぐれ、前向きなエネルギーが生まれます。
ここでは、そんな“楽しい学び”を取り入れた研修内容を提案します。
楽しみながら気づき、未来を描く――体験型キャリア研修の実践例
【第1部:キャリアの棚卸しをゲーム感覚で】
最初のステップは「キャリア人生すごろく」。これまでの仕事人生を振り返りながら、マスに「印象に残った出来事」「成長できた瞬間」「ちょっと失敗したけど笑える話」などを書き込みます。チーム内で語り合ううちに、互いの努力や工夫を再発見でき、「自分のキャリアも捨てたもんじゃない」と気づく人が多く出ます。
【第2部:経験をシェアする交流セッション】
次は「自分が後輩に伝えたいこと」をテーマに、短いスピーチを行います。話す内容は技術や心得、あるいは人生訓でもOK。お互いのスピーチを聞き合う時間は、ベテランならではの知恵と温かさが満ちるひとときになります。会社に蓄積された“無形の財産”を再認識できる瞬間です。
【第3部:未来を描くワークショップ】
最後は「2030年の私新聞」。参加者が自分の未来を新聞の一面風に描きます。見出しは「地域の人材育成で活躍!」でも「趣味を仕事に」でも構いません。笑いながら未来をイメージすることで、キャリアを“再設計する力”が自然に養われます。講師や人事は「叶え方を一緒に考える編集長」として伴走します。
このような体験型の研修は、「自分のキャリアを見直す」だけでなく、「仲間と未来を語る」楽しさを取り戻すきっかけになります。人事部門にとっても、ベテラン層の本音や強みを掘り起こす貴重な機会となるでしょう。
50代からのキャリアは、まだまだ“おもしろく”できるのです。
執筆者
